英語は侵略者の言葉であり語調は高圧的な命令口調に適している。先進国でも英語が出来ないと高等教育が出来ないとなると問題だ。 TORA


株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu202.htm
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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英語は侵略者の言葉であり語調は高圧的な命令口調に適している。
先進国でも英語が出来ないと高等教育が出来ないとなると問題だ。

2009年10月24日 土曜日

◆文化帝国主義(反英語教育論) 2008年2月8日 歴史と日本人
http://blog.livedoor.jp/k60422/archives/51254074.html

 「外国語=英語」という思い込みは何の根拠もなく、しいて言えば国際社会の権力構造に由来するといえるだろう。つまり現代がアメリカ覇権(パクス・アメリカーナ)の時代であり、それに近づくことこそ国際社会の必須条件というわけである。ここに壮大な文化の階級化というか、文化の優劣が国際社会に露骨に出ている状況を見なくてはならない(もちろんこれは日本に限ったことではない)。だいたいにおいて、今日英語といっているのはアメリカ英語であり、イギリス英語でもなければオーストラリアのでもなく、インドのでもなく、フィリピンのでもない。基本的に今の日本で子供たちが学ばされている英語は、アメリカ英語教育を受けた人かアメリカ人にしか通用しないものだということを覚えておくべきであろう。実際は家庭内で使う言語(母語)人口では、英語は支那語は無論のこと、スペイン語にも負けている(英語の母語人口はたった三億人である)。英語を第一言語として話す人口は、日本人が考えるよりずっと少ないのだ。

 こうした英語帝国主義、文化帝国主義ともいえる状況が現代の国際社会に出現していることに、人はあまりに無頓着である。むしろこれは左派のほうから「反帝国主義」という形で提出されてきた。しかしそれは多くはただの「反アメリカ」によるものだった。国際交流が進むなかで、鎖国できるわけでもないだろうから、少なくとも文化帝国主義の時代が今後長く続くことは間違いない。したがって日本の選択はそれに乗っかるか、抗うかの二通りであろう。

 乗っかった場合、日本語などやめて英語を公用語にすべきだ。そうすることでさまざまな国際舞台で日本人は「英語」を話すことができ、それは(現に今現在英語圏の国がそれを享受しているように)大きな国益となる。ビジネスの場においても、政治の場においてもである。

 抗う場合には、そもそも英語教育をするべきではない。少なくとも、全国民必修にすべきではないだろう。はっきり言って英語など必要としない人のほうが、今の日本社会には(そしておそらく今後も)ずっと多いのである。数ある外国語の中から、一つ選択する仕組みなどにすればよいだろう。英語もその選択肢の一つでしかないという位置づけならば、外国語間での優劣はない。
 そして最大のなすべきことは、日本語の輸出である。外国語を学ぶことで国際化を達成するのではなく、日本語を外国人に学ばせることで国際化を達成する。これこそ国威を真に輝かせる方法と言えるだろう。海外での日本語学習者は徐々に増えつつあるが、まだまだ伸びしろはある。日本語には前途がある。

 左派は「文化帝国主義」に反発する中でこうした「日本語の輸出」にもまた反対してきた。しかしそれは国際競争の実態を見ない議論である。国家の他国に及ぼす精神侵略はもはや避けられるとは思えない。むしろそれに抗う気概と、進んで自国の文化を他国に示す努力が求められていると言える。だから最初から私は「国際化に必ずしも反対しない」と言っていたのである。鎖国的に閉じこもることは、今の日本の資源状況を見ても、できることとは思われない。

 海外進出は日本語で行うべきだ。日本人は一億人もいるのだから、世界の中で日本語が少数言語とは言えない(世界十一位だそうだ)。にもかかわらず、妙に日本人は自国の言語に対して自信を持たない。積極的に海外に日本語を広めるだけの資質と需要を日本語は兼ね備えているのだ。インターネットでは日本語は英語と並んで優勢だし、日本語による活字出版物も非常に多い。それを支えているのは日本人の勤勉さと活字への関心の高さである。日本人ほど活字文化を古くから育んでいる民族は少ない。源氏物語は(作者も成立年代もはっきりしているものの中では)世界最古の長編小説である。英語を学ぶ暇があったら、日本語をもっと信頼すべきであろう。それを「英語を学ばなければ国際社会に乗り遅れる」などと言っているあたり、日本人が欧米人に完全に精神侵略されている証なのである。精神侵略から目覚めることが、今の日本に求められている。日本人の自立と独立を願う。

◆「日本のガラパゴス化問題」は市場の問題ではない(2) 5月30日 ベドウィン・ピエロの小部屋
http://bedouin-pierrot.seesaa.net/article/120511447.html

この記事へのコメント1

 自分の良いようにルールを作って、それを押しつけるやり方はアングロ・サクソンの得意とするところですよね。生存競争に打ち勝つためには有利なのでしょうが、あまり好きな思考法ではありません。
 ところで、かつてのインターネットが英語一辺倒になっていた理由を述べるなら、インターネットはアメリカで生まれアメリカで育ったものだから、当初は英語の使用が明示的にせよ暗示的にせよ想定されていたから、だと自分は思います(だから、一昔前の日本人の ウェブサイトには “Sorry, Japanese Only” と書かれていることが多かったですよね)。
 単なるコンテンツの量と言うことであれば、スペイン語や中国語の台頭が著しい今、英語の比重は相対的に下がっていることと思います。
 しかし、政治、経済、科学、ジャーナリズム、スポーツなどの広範な分野で、国際的な コミュニケーションが英語のみを通じて行われるような場面が圧倒的に増えている現在、英語の公用語としての位置はなかなか揺るがないことでしょう。
 ぼくが春まで勤めていたドイツ資本の外資系企業の公用語は英語でしたよ。販売する印刷機のマニュアルもトレーニングも全部英語。
 まとめると、当初は英語の使用を想定されたインターネットが、世界規模のものに発展するにつれて、公用語としての英語を取り込んでいった、ということになると思います。

この記事へのコメント2
「危機感に説得力が足りない」と私が感じるのは、一つ前のレスに書いたように「ベドさんの日本語公用語化論は、実現可能性がとてつもなく低いとしか感じられない」からです。だから一つ前のレスで、私は現在公用語である英語にリソースを割いた方が現実的だ、と書きました。
しかし、その次についたベドさんのレスを読むと、日本語公用語化について実現可能性が低いとは思っていないことが説明されます。私との意識の違いが大きく、そこで議論が齟齬をきたしていたことがわかりました。

「なぜ危機感を感じなければならない」のかについては、私自身の考えはあります。英語の公用語化が進むことで、国際的な場面に限らず日本のビジネスや高等教育の英語化が進むと思われます。生活言語としての日本語は生き残るでしょうが、難しいことを話す際は英語を使うと行った事態を招きかねません。これは日本語の国際的な地位の衰退をも必ず伴うでしょう。少なくとも、高等教育の英語化については、私は反対の立場をとりたいと思います。ただし、これと日本語の公用語化論には大きな距離があることに注意してください。

> 英語がフランス語に取って代わって、日本語が英語に取って代わらない理由
現代の英語の広範な使用を「英語帝国主義」と言うなら、日本語が英語に取って代わることは、「日本語帝国主義」を目指すと言うことになるでしょう。日本語が英語に取って代わるには、日本語帝国主義をとることがおそらく必須ですが、日本語が英語に取って代わらない理由は、未来に日本が日本語帝国主義をとらない場合、無数に考えられます。

そこで、一度英語帝国主義について整理しましょう。英語が(かつての共通語であった)フランス語に取って代わった経緯を述べるなら、大英帝国の発達(と衰退)と、その後のアメリカ主導のグローバリズムの進展によって英語は世界共通語としての地位を占めたと考えられます。
また、英語を含むヨーロッパ言語によって、近代の「論理」「議論」「科学」などが作られてきたわけなので、言葉の定義がはっきりとしていることも、日本語に比べて英語のアドバンテージとしてあげられるでしょう。たとえば英語は、後進国においては高等教育の為の言語としての地位を得ています。現に日本語も明治期にヨーロッパ言語を翻訳し取り入れたことで近代的な言語として現代成り立っているという経緯があります。
ベドさんのおっしゃる、100〜150年くらいで世界の公用語が変わるという発言には、こうした背景があると思います。

それでは、今後の世界についても同じこと(世界の公用語の転換)が起きるでしょうか。この点については私は判らないとしか言いようがありません。様々な可能性が考えられるでしょう。交通手段・情報テクノロジーの発達はめざましい進歩を続けています。100年と言わずもっと短いスパンでコミュニケーションの大転換が起きないとも限りません。あえて突飛なことを言うなら、高度な機械翻訳をAIにまかせる事が一般的になるとか、技術的な手法で言語の習得が飛躍的に容易になる、などという事もあるかもしれません。

英語帝国主義に抵抗するために、日本語帝国主義を“戦略的にとってゆく”ことが実現するかも知れません。ベドさんは日本国・日本人の利益のためにそうした方が良いという考えなのだと思います。
それでは、具体的な、“日本語が英語に取って代わる”ための施策の実現可能性について、ベドさんの意見をお聞かせ願えないでしょうか。

この記事へのコメント3
まず、僕の日記の主題は、簡単に言うと「日本人は自分でルールを作らずに小鳥の雛のように口をあけてルールと言う餌をもらえるのを待っているため、世界中から不利なルールを押し付けられるのは当たり前で、そのスタンスを変えないといけないということになり、その例として「英語が世界の公用語であることをひっくり返そうとする発想が無い」ということになります。
「啼かぬなら啼かしてみせようホトトギス」という川柳がありますが、僕はこの性格。日本語が世界の公用語でないことでのデメリットがあまりにも大きいから、ある言語が世界の公用語になるための条件を考えて、そこから必要な施策と時間を割り出します。
日本人の多くは「英語圏に生まれていれば、こんなに語学に苦しまなくて済んだのに」という思いを経験したことがあるのではないでしょうか? また、そういう経験をしていないのは、一部の英語が出来ることで日本のコミュニティ中で有利なポジションを得ている人たちなど、一部の人々だけではないでしょうか?
それにも関わらず、「なぜ英語は世界の公用語なのか? 日本語はどうやったら世界の公用語になれるのか?」と親権かつ真面目に考えたことが無いという人が少ないのではないか、そう思うのです(たとえば、新聞や「朝まで生テレビ」などで真剣に議論が戦わされたことを僕は見たことがありません(あったのかもしれませんが))。そこに相当不利な状況があるにも関わらず、改善策を誰も考えない。
いや、みんなして真面目に考えた結果、「中期的あるいは長期的に見て、コストの方がベネフィットよりも大きくなってしまうから、やっぱり諦めるべきだ」という感じになっているのなら「僕が馬鹿でした」ということになるのですが、そうは見えないのです。

(私のコメント)
最近のドイツ人やフランス人はエリートに限られますが英語が達者だ。EU議会では英語が公用語となりドイツ人とフランス人は英語で会話している。以前ですがフランスの大臣がEU議会で英語で演説するのに怒ってシラク大統領が退席したニュースがありましたが、どうして英語がヨーロッパ大陸で公用語となるに至ったのだろうか? それはフランスにおいてもドイツにおいても大学レベルの教育が英語で行われる事が多い為だろう。

文化的なプライドが高いフランスの大学でも、科目にもよるのでしょうが半分程度が英語で授業が行われているそうです。だから大学を出たエリートやインテリはほとんど英語が出来る。フランスやドイツがそんな状況だから、他のヨーロッパ諸国では大学以上の高等教育は英語も出来ないと授業にならない。それだけ文化的に格差が出来てしまったのでしょう。

あれだけプライドが高いフランス人やドイツ人が経営学や電子工学などを勉強しようと思ったら英語で講義を受けざるを得ないだろう。フランスやドイツに留学するにしても英語でも受け入れるケースが多くなってきている。だからフランスやドイツの政治家は英語で話しをしているし、学者も論文を英語で書く事も多い。

それから見ると日本の大学はほとんどの講義は日本語で行なわれていて、英語などの外国語で行なわれる講義は上智大学や国際基督教大学など例外的だ。それらも帰国子女などが多く一般的ではない。日本の政治家達は英語教育の強化を言うが、小学校から英語を学ばせるよりも大学の入学試験や卒業試験を英語でテストするようにすればどうだろう。そんな事をしたら大学を卒業できる学生はほとんどいなくなる。

フランス語はかつてはヨーロッパの上流社会の公用語だったのですが、最近では英語が出来なくてはビジネスにならないから自発的に勉強しているフランス人が多いらしい。これだけグローバル化した社会だと会社内にも外国人が多くなり公用語として英語が使われる事が多くなったからだろう。いわばフランスもドイツも英語帝国主義に敗北したわけですが、残る先進国の日本だけが英語帝国主義に抵抗しているように見える。

日本でも英語が出来なければ大学も卒業できないとか、会社に就職が出来ないとか、英語が出来ないと管理職になれないと言うのなら、日本人の英語レベルも上がるだろう。しかし日本では一部の外資系企業を除けば日本語だけで仕事が出来るし、テレビやラジオもほとんどが日本語放送だ。新聞にしても英字新聞を読んでいる日本人を見かける事はほとんど無い。

発展途上国などではアメリカやイギリスに留学して英語で先進文化を身につけることが国家の発展する手段と考えているようだ。韓国人や中国人のアメリカやイギリスへの留学生の多さはこの発想によるものだろう。日本でも多くの留学生を米英に送って先進文化を輸入してきた。しかし現代では語学留学がほとんどで米英で博士号を取るような留学生は少なくなっている。どうしてなのだろうか?

グローバル化とインターネットによって英語の公用語化への勢いは止まりそうも無い。日本でも「日本語が亡びるとき」と言う本がベストセラーになるくらいだから、日本もインドやフィリピンやシンガポールのような英語植民地になるのだろうか? フランスやドイツですら英語によってEUの共通語となりフランス文化やドイツ文化は衰えていって消え去っていくのだろうか? 

昔はフランス映画やドイツ映画も上映されていたのに、今では映画でフランス語やドイツ語を耳にする事はほとんどなくなってしまった。戦争映画を見てもドイツ軍兵士もロシア軍兵士もみんな英語を話している。そんな世界が現実でも起きてくるのだろうか? トム・クルーズがドイツ軍将校の制服を着て英語を話し、ヒトラーが英語で演説したところでしらけてしまう。

EUの議会でフランス人やドイツ人が英語で演説するのを聞いているとなんとも情けなくなるのですが、残された先進国では日本だけが未だに日本語で高等教育が行なわれて、政治家のほとんどは英語を話す事ができない。これだけ国際会議が毎週のように行なわれていても外国語を話せる政治家がいないのは日本ぐらいだろう。(アメリカ人も英語しか話さないが)

日本人はどうしてこれほど英語が話せないのだろう? 海外で英語がぺらぺらで帰ってきても日本にいるといつの間にか英語を忘れてしまう。アメリカに語学留学しても満足に英会話もできない留学生が多い。中学から大学まで10年間も英語を学んでいるのに日常会話も出来ないのは教育が悪いからだろうか? 

もし世界の公用語が英語で統一された世界になったら、フランス人やドイツ人でも論争したらイギリス人やアメリカ人にかなう事はなくなるだろう。アイルランドのように先祖の言葉を忘れて英語が母国語となってケルト文化は彼らから消えていってしまう。つまり英語で統一された世界は過去の歴史から断絶されてイギリスの歴史しか分からなくなるのだろう。韓国人もハングルによって戦前の歴史が分からなくなった。中国人も簡体字によって昔の古典が読めなくなった。

グローバリストたちは簡単に日本も英語を公用語とすべきと言うが、日本の歴史を抹消しようと言うのだろうか? 日本人が英語を話し出したら明治大正昭和の本や新聞も読めなくなり米英の事しかわからない日本人が出来上がる。日本には江戸時代と言うエコロジー文化があったが、ヨーロッパではエコロジーよりも海外侵略で歴史作ってきた。アメリカは歴史から断絶された国家であり、他国への文化侵略にも鈍感なところがある。

アメリカのファーストフード文化は日本の若者の味の感覚を狂わせて、何にでもマヨネーズをつけて食べたりジャンクフードで食文化を破壊している。言語にしても同じであり日本語から英語に切り替えていったら日本のエコロジー文化や味覚文化も廃れていく事だろう。結局は日本語が分からなければ日本文化の事が分からなくなる。

アメリカはこれといった歴史も無いし、民族も種々雑多で昔から英語を話してきた人はわずかしかいない。白人でも何世代かさかのぼればドイツ語やイタリア語を話していた人が多い。だから外国に向かって平気でグローバルスタンダードとして英語を押し付けてくる。自分たちがそうだったからですが、反面歴史を持たないコンプレックスでもあるのだ。

日本人やヨーロッパ人は歴史的経験から物事を学んできましたが、アメリカ人には歴史が無い。ブッシュは十字軍気取りでイラクに侵攻しましたが、十字軍の先祖であるフランス人はイラク侵略に反対した。十字軍の実態をアメリカ人のほとんどは知らないし、歴史を知らないから日本に原爆を落とす事もできる。

歴史と言語と文化には深い関係があるのですが、安易な英語公用語化には注意が必要だ。英語は侵略者の言葉であり語調は高圧的な命令口調に適している。ビジネスや情報交換には便利かもしれないが、先進国でも英語が出来ないと高等教育が出来ないとなると問題だ。

 

~ by realtime24 : 10月 25, 2009.

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